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東京地方裁判所 昭和34年(行)47号 判決 1960年8月03日

原告 荒雄嶽鉱業株式会社

被告 建設大臣

訴訟代理人 板井俊雄 外四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

原告訴訟代理人は、「被告が原告に対し、宮城県収用委員会の裁決に対する訴願について、昭和三四年二月二四日付でした『訴願人の請求は却下する』との裁決は、これを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は主文第一、二項同旨の判決を求めた。

第二、原告の請求原因

一、宮城県玉造郡鳴子町鬼首字下蟹沢三九番地の一七所在蟹沢発電所は、原告の所有する自家用発電所であるところ、右発電所は起業者たる被告が行う土地収用法第三条第二号に基く北上川水系支川江合川上流鳴子ダム建設事業のため水没することとなり、これが発電用水利権の消滅(発電施設を含む)及び賃借権その他一切の損失補償について、土地収用法第四〇条の協議が不調に終つたので、被告は昭和三一年二月二七日宮城県収用委員会に対し水没河川敷にある原告の水利権等の収用裁決を申請した。

原告は、水没する右発電所の移転が著しく困難であり、本件は土地収用法第七八条の場合に該当すると思料し、昭和三二年二月二日宮城県収用委員会に対し意見書をもつて、右発電所の発電用水利権(発電施設を含む)及び賃借権その他一切の収用を請求したところ、同年三月一一日同委員会は「起業者は右発電施設、発電用水利権を収用するものとする。右物件の収用により生ずる一切の損失補償額は金四四、六七七、五四四円とする。」等の旨の裁決をした。

そこで原告は同月二八日訴願庁たる被告に対し、右裁決が不当かつ違法であるとし、その取消を求めて訴願をしたところ、被告は昭和三四年二月二四日「訴願人の請求は却下する」との裁決をなした。

二、しかしながら右訴願裁決は違法であるから取消さるべきである。すなわち、被告は原告の訴願事由のうち損失補償に関する部分は、土地収用法第一二九条第二項但書に牴触するから訴願することができないとの理由によりこれを却下したものである。

なるほど同条第二項但書によれば、損失の補償に関して訴願は許されないところであるが、同法第七八条の規定による請求に係る裁決の場合は、括弧内で除外されており、右が除外された趣旨は、第七八条の収用請求は実質は損失補償請求権の拡充に関する制度であるけれども、形式は収用の裁決と何等異ならず、同法第四八条第一項に関する事項であるという理由であるから、かかる場合は、損失補償に関しても訴願をなしうるものと解するのが相当である。原告はかかる見解の下に損失補償の点については同法第一二九条第二項本文、及び同項但書括弧内の規定に基き訴願をしたものである。しかるに被告は法の解釈を誤り、これを訴願事項に該当せずとして却下したものであつて、右訴願裁決はこの点において違法である。

第三、原告の請求原因に対する被告の答弁

一、原告主張の第二の一の事実のうち、原告が昭和三二年二月二日宮城県収用委員会に対し蟹沢発電所の発電施設、発電用水利権に関し土地収用法第七八条の請求をしたこと、同年三月一一日宮城県収用委員会が原告主張の裁決をなし、原告は同月二八日右裁決の取消を求めて訴願をしたところ、被告は昭和三四年二月二四日訴願人の請求は却下するとの裁決をなしたことは認める。

二、第二の二のうち、被告は原告の訴願事由中損失補償に関する部分が訴願事由となりえないとしてこれを却下したことは認めるが、その余の主張事実は争う。

同法第一二九条第二項但書括弧内の「第七八条の規定による請求に係る裁決」には、法第七八条による収用請求について収用委員会がした裁決中損失補償に関する事項は含まれないのである。このことは、旧土地収用法の関係法条によつてみても沿革上明らかであり、かつ現行法上収用委員会の裁決のうち損失補償に関する紛争については、特に起業者及び土地所有者又は関係人の両者を当事者とする訴訟によつて、これを処理せしめんとしていることによつても明白であつて、原告主張のように法第七八条の規定による請求に係る裁決については、そのすべての点について訴願が許される趣旨とは解せられない。従つて被告の訴願裁決には原告主張の如き法の解釈の誤りはない。

第四、証拠関係<省略>

理由

一、原告所有の蟹沢発電所が起業者たる被告の行う鳴子ダム建設事業のため水没することに伴う補償の問題につき、土地収用法(以下単に法という)第四〇条の規定による協議不調のため、起業者たる被告が昭和三一年二月二七日宮城県収用委員会に対し水没河川敷にある原告の発電用水利権等の収用の裁決を申請したことは、被告において明かに争わないから自白したものとみなす。そして原告が、右は法第七八条の場合に該当するとして右発電施設、発電用水利権等一切の収用請求をしたところ、同委員会は昭和三二年三月一一日原告主張の裁決をしたこと、これに対し原告は同月二八日被告に対し訴願したが、被告は昭和三四年二月二四日「訴願人の請求を却下する」との裁決をしたこと、被告は原告の訴願事由のうち損失補償に関する部分は、法第一二九条第二項但書により訴願事由に該当しないと判断し、これを却下したことは当事者間に争いがない。

二、よつて法第一二九条第二項但書括弧内の「第七八条の規定による請求に係る裁決」には、法第七八条の収用請求について、収用委員会がした裁決中損失補償に関する事項が含まれるかどうかについて判断する。

法第一二九条第二項は、その本文において収用委員会の裁決に対しては、建設大臣に訴願することができる旨定め、その但書において損失の補償に関しては訴願することができないとするのであるが、さらに右但書は括弧内で「……第七八条……の規定による請求に係る裁決を除く」と規定し、しかも右裁決の内容がなんら限定されていないところからすれば、一般に収用委員会の裁決に対しては原則として訴願を許し、例外として損失補償に関しては訴願は許されないが、特に第七八条等の請求に係る裁決に関しては再び原則にかえつてそれを許容する趣旨と解せられないこともない。しかしはたしてそうであろうか。

旧行政裁判法は一般に損害要償の訴訟は行政裁判所の審理に属しないとの主義をとり(第一六条)、土地収用に関しても旧土地収用法は、収用審査会の裁決に不服ある当事者は、補償金額に関しては通常裁判所に出訴し得べく、その他の点に関しては、或は主務大臣に訴願し、或は行政裁判所に出訴しうるとし、又通常裁判所に出訴を許される場合は訴願又は行政訴訟を提起することは許されなかつたもので(旧法第八一条、第八二条)法第一三三条も形式的にはこれを踏襲し、収用委員会の裁決のうち損失の補償に関しては訴願を経ることなく直ちに訴訟を提起しうる旨規定したのである。けだし法は、収用裁決の内容を収用権に関するもの(法第四八条第一項一号、三号、四号)と、補償請求権に関するもの(法第四八条第一項二号)との二つに分別し、収用の目的物、時期等収用自体に関する事項は、裁決という行政処分により定まり、しかも公益に関するところが大であるからこれに対する不服は第一次的には訴願を許し行政権内部の自律による救済を期待し、これに不服ある場合はじめて抗告争訟の形で司法裁判所による救済をはかることとし、一方損失補償に関する事項は主として補償の額、方法、損失の認定等起業者及び被収用者相互の利害に関する問題であり、事柄の性質上客観的判断に適するものであるから、これに対する不服は性質上は収用委員会の裁決の変更を求めるものではあるが特に行政庁に再審査の機会を与える必要もないのであつて、訴願を許さず直接司法裁判所に対する訴を許し起業者又は土地所有者若しくは関係人を相互に相手方とする公法上の当事者訴訟によらしめたのである。

ところで法第七八条(移転困難な場合の収用)は本来の所要物件、権利等の収用に対しいわゆる拡張収用の一つの場合を規定するのであるが、これは補償上の必要から、収用の目的物を事業に必要な限度に止め、補償価格もこれに対するものに限る原則の例外として、事業のために必要な範囲、限度を超えて収用をし、その全部に対し損失補償をすることを要求する権利を与えるものである。

従つてこの制度はもともと、損失補償請求権の補充たる意義を有し、実質は損失補償であると解せられ、法も又これら拡張収用の請求は、損失補償に関する意見書(第六三条第二項)によつてしなければならぬと規定して(第八七条)、拡張収用の請求は損失補償に関する事項とみなしているのであり、この故にまたこれらいわゆる拡張収用は法第六章「損失の補償」の章下に規定されているのである。しかし他面拡張収用は、その性質において収用の一種であるから、右裁決にさいしては収用自体に関する事項が決定されることは当然であり、本来収用自体に関する事項が訴願事項であること前記のとおりであるから、結局法第一二九条第二項但書括弧内の規定は、右裁決のうち収用自体に関する事項につき訴願をなしうる旨を注意的に規定したにとどまり、いわゆる拡張収用については本来損失補償の一場合ながらとくに法第一三三条の訴とは別個に全面的に訴願を許すことを定めたものではないと解すべきである。いわゆる拡張収用においても収用に関するものとその収用に伴う損失補償に関するものとに区別し得ることは一般の収用と同じであるが、その損失補償の点について、拡張収用の場合にのみ一般と不服申立の方法を異にすべき実質的理由はなく、現に法第一三三条の訴は明文上第七八条の請求に係る場合を除外していないのである。

この点をもし原告主張の如く解すると、右の場合法はいわゆる拡張収用における損失補償の点に関しては同時に訴願と訴訟の双方を認めることになり、あるいは両者判断の矛盾重複が生じあるいはあらかじめ法第一二九条の訴願を提起しておけば、第一三三条の訴の出訴期間たる三ケ月を徒過した後でも、右訴願裁決に対し、更に第一三二条の訴によつて損失補償の点を争い得ることとなるというような不合理な結果をまねくこととなるのであつて、そのあやまりであることはおのずから明らかである。

これを要するに法第一二九条第二項但書括弧内の「裁決」とは法第七八条の請求に係る裁決中損失補償に関する部分以外の事項をいい、損失補償に関してはその他の場合と同様訴願は許されず、法第一三三条の訴によつてのみ不服申立をなしうると解するのが相当であつて、被告がかかる理由から、原告の訴願事由中損失補償に関する部分は訴願事由に該当しないと判断し、これを却下したことは正当であり、この点に関し被告の裁決には何等の違法も存しないものといわねばならない。

よつて原告の本訴請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浅沼武 小中信幸 時岡泰)

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